無限に拡がる自己の可能性に向けて

依存症について

依存症を克服するには依存の原理を知る必要があります。

潜在意識に抑圧された問題が潜んでいるケースもあります。

潜在意識に抑圧された問題は時に、自分でも気づかないところで病気となって発生することがあります。

習慣化された枠組みを外すにはゆっくりトライする必要があるので時間はかかりますが、原理や問題の源へアクセスすることができればびっくりするほど早く解放に向かいます。

<ストレスを一時的な快楽を得ることで、解消しようとする>

人はストレスがあると、顕在意識はすぐにストレスに対処するために、戦うか逃げるかのどちらかを選択します。

 

戦うことの一つに、直接的にしても、間接的にしても、自分は正しかったというところに物事を解釈します。

 

又は相手に対して問題を取り除くように訴えるとか、反発をして攻撃をします。

 

攻撃をして自分が勝てば、その方法を使い始めます。

 

もう一つの方法は、ストレス自体を忘れていく方法です。

 

投影や抑圧によって、自分の意識から消してしまう方法と、何かに問題をすりかえる方法があります。

 

ストレスを意識的に解放するというのは、殆どなく、無意識にストレスを忘れる方法を見つけていきます。

 

面白いことに、親がしていたストレスの解放の仕方を取り入れているか、人生で試行錯誤して編みだした方法を使いはじめます。

 

お酒を大量に飲んでアルコール依存、中毒だった親のようには絶対ならないぞと決めるのですが、結局同じことをしてしまうというのがあります。

 

虐待をされて育った子供は、又虐待を繰り返すというのは、なぜかというと、適切にストレスをどのように解放すればいいのか学べなかったので、もともと学んでしまっている破壊的な方法に頼ってしまうことになります。

 

<依存の種類>

依存は殆ど一時的な快楽によって痛みを忘れるというところからきます。

 

種類は様々です。

 

過食、拒食、アルコール依存、セックス依存、薬物依存、買い物依存、ニコチン依存、ネット依存、ギャンブル依存、借金依存、ストーカー行為などがあります。

依存には精神的な心理的依存もあり、誰かに一緒にいてもらわないと、自分自身が不安定になる場合、相手の要求のすべてを受容してしまい自分を見失ってしまうことがあります。

 

こういうケースは、身体的、肉体的虐待を自分に容認してしまうことになります。

 

依存が悪い訳ではなく、ある程度の依存は必要ですので、依存しないで生きるというのはおかしな話です。

 

私たち人間関係は、お互いに依存しあいながら、人間関係や縁をつくり、依存があるから、相手と深く関わり、影響を与え合ったりできるです。

 

でも依存が生活をおびやかしたり、自分自身を破壊したり、かえってストレスをつくる要因となる場合は、解放する団体やケアできる人を探す必要がでてきます。

 

この場合は痛みやストレスがどこから出てきているのかをつきとめ、その方法を新しい方法、適切な方法で解放できるように促していきます。