セルフジャッジとは、自分自身を否定し裁くことです。
私達は正しくある必要性というのを無意識に持っています。
正しくとは、自分の内側で起こる正義に従っていれば、セルフジャッジは自分を痛めつけず、反省して、新しく自分を生み出せるのですが、大抵の場合は、自分自身でない正しさに合わせようとしています。
それは世間の権力者の意見やモラルだったり、国が決めた規律だったりする訳です。
人生の責任をとるというのは、自分の信じる、又は決めた生き方や考えを、何かに同調させるのではなく、それを生きたときに起きる周囲の反応を含めた問題のすべてを誰かのせいにしないで、自分が発した結果だと受け取ることができることです。
そして、自分の持てるすべての能力やエネルギーを、人生を通して発揮して生きることです。
この人生の責任をとることができない場合、又はどうやって生きればいいのか分からない場合、周囲の規約や枠組みに捉われて、そこに合わせようとするので、ジャッジが起きます。
自分の無意識の本心と、こうであらねばならないという葛藤が、他者に向けられる場合は、他者への攻撃へ、自分に向けられる場合はセルフジャッジへとなります。
こうして、ジャッジを行うことで、一時的に自分は正しいことをしたのだと思えるからです。